Wednesday, February 18, 2009

アールトのNo60

Rimg0148 スツールが好きだ。椅子から背もたれや肘置きを無くした、そのシンプルさがいい。そのくせ、隅に置けない独特の存在感はちょっとした彫刻にも負けない。力があるデザイナーは必ずといっていいくらいスツールを作っている。コーア・クリント、ハンス・ウェグナー、ポール・ケアホルム、チャールズ・イームズ、シャーロット・ペリアン、柳宗理など数え出すときりがない。そんな中でも、アルヴァー・アールトの三本脚のスツールの簡素な美しさは格別だ。最近家庭画報社から出た『北欧インテリア』というムック本に掲載されているI邸を見て、そんな思いを強くした。北欧と和がマッチしたリビングのサイドボードに寄りそうようにたたずむNo60。色は蜂蜜色に経年変化し、突き板の合わせも古い形状で、1950年代のものだと思う。このスツール、実はつい先日organからI邸に嫁に行ったもので、接合部も今ではほとんど見ることもなくなったマイナスネジを使っている。そんな細かいことがなんだかうれしいのである。必ずしもフラットではない床の為に考案された三本脚や、安価さを考慮したノックダウン方式など、先進的なメッセージが込められたこのスツールがデザインされて多分60年以上の歳月が経過しているはず。その間に形そのものは継承されていても、細部は変更されているだろう。「時代は、実は、少しづつしか変化しない」、そんなことを小さなマイナスネジは物語っている。

Saturday, February 14, 2009

ご利用は2時間以内でお願いいたします

Rimg0130 うどんと蕎麦のどちらが好きかと自問すれば、うどんになってしまう。祇園町にある承天寺という古い禅寺がうどん発祥地とされているから、というわけでもないだろうが、昔から博多にはうどん屋が多かった。安くて素早く腹を満たすことができる庶民の味である。それに比べると、蕎麦はやはり中部地方以北のものであって,もともとなじみが薄い。だから逆に「蕎麦で一杯」という江戸風にあこがれもする。もちろん、今の福岡にはそんな蕎麦屋もあって、時々は暖簾をくぐることもあるが、うどん屋の気が置けない雰囲気のほうが性に合っている。昨日の夜、友人のKさんが面白い店に連れて行ってくれた。博多区は須崎町のうどん屋である。ただし各種の小皿料理もあって酒が飲めるというから聞き捨てならない。「行かずばなるまい」てな感じでたどり着くと、看板に「うどんとちょい飲み」とある。扉を開けてはいると、カウンターの前に品書きがズラリ、かれこれ60種くらいはありそうだ。その中に小さく「ご利用は2時間以内でお願いいたします」という札が紛れているのが可笑しい。さいわいKさんはクルマなので飲まないし、うちの奥さんと2人で「ちょい飲み」する分には時間は取らないだろう。芋焼酎のお湯わりにタイラギの酢の物、生き鯛のごま和え、マイタケのてんぷらなどをオーダー。いずれも380円から580円までと屋台並の値段がうれしい。さらにいくつか食べ、焼酎をおかわりすると、飲まないKさんは辛抱できずに釜玉うどんを啜りだした。黒こしょうをかけると旨いという。僕は三陸産のわかめ入りうどんを頼んだ。歯ごたえのある茎と讃岐風の麺は、締めにピッタリだった。
「つきよし」博多区須崎町5-7

Wednesday, February 11, 2009

バッハのアルトのためのソロカンタータ

Rimg0034-1 最近、ドラムとベースがボトムをなす音楽に飽きてきている。たとえば、クラシックなどが聞きたいのだが、さて何を聞けばいいのかわからない。ガイド本を立ち読みしても、通り一遍でつまらないし、友人にもその辺に強い人がいない。仕方なくインターネット・ラジオのクラシックチャンネルを聞いたりしている。古くはスウィングル・シンガースやプロコル・ハラムなどでなんとなく親しみがあるバッハなどが好みなのだけれど、いろんな人の演奏はあってもどれも有名な曲ばかり。クラシックといっても、オーケストラは苦手で、室内楽や古楽のほうが興味深い。そういえば、2年前だったか、パリの友人のアパルトマンを訪ねた際そこでかかっていた声楽曲にグッと来た。ジャン・プルーヴェのダイニング・セットを置いた瀟洒な部屋に流れる中性的な歌唱はとてもヒップで、神聖さとエロティックさが同居していてドキリとした。部屋の主は、一体どうやって穿くのだろうと思うほどピタピタに細いジーンズと、パイナップルみたいなヘアースタイルをして、「パリは、今ロックだ!」みたいなことを言っていた。ロックもバッハも聞くという自由さがゲイでアーティストの彼にはよく似合う。部屋を出るときに曲名を聞くと、バッハだという。「エッ、バッハにこんなのあり?」という感じでビックリした。クラウス・ノミよりずっとカッコイイ。マレに新しくカフェを出す予定だと言っていたっけ。3月に訪れる際にはぜひ行ってみよう。
J.S. Bach / Cantates pour alto by Andreas Scholl

Saturday, February 7, 2009

イノウエ・コウヤ

Rimg0018 井上荒野は作家、井上光晴の娘さんである。ずいぶん前に観たドキュメント映画『全身小説家』で井上光晴という人の見事な嘘つき人生ぶりに感心してしまったことがある。彼の小説はちゃんと読んではいないが(というか映画で満腹だった)、娘さんの小説なら読んでみたいと思った。なにせタイトルが『ひどい感じ 父・井上光晴』なのである。あの父にしてこの娘かも、という勝手な期待感もあった。丸善に行き、イノウエ・コウヤの在庫を検索して欲しいとカウンターの女性に伝えた。あいにく探していた本はなかったが、単行本3種、文庫本なら各出版社から数冊あるという。目指していたものがないのなら、いっそ文庫本にしようと思い案内されるままそのコーナーへ行った。結局3冊があったのだが、迷うことなく「しかたのない水」というのにした。タイトルに惹かれた。表紙を見ると、漢字名の下に、アルファベットでINOUE ARENOとある。カウンターではっきりと「イノウエ・コウヤ」といった時の女性の反応が、いまひとつはかばかしくなかった理由が判明した。コウヤじゃなくてアレノとは、まったく日本語というやつは妙にトリッキーだ。内容はスポーツクラブを舞台に「現代の不毛さ(なんか昔っぽい言い方ですが)」を描いたオムニバス小説で、なかなか面白い。というか、同じようなクラブ仲間として身につまされるわけです。実際、スポーツクラブとは魔か不思議な場所なのだ。

Friday, February 6, 2009

「Bで行け!」という声

Rimg0010-1 かれこれ15年以上になるだろうか、歩いて3分という近場のスポーツクラブに通っている。といっても、カナヅチでおまけに自転車にも乗れないというスポーツ音痴だから、フィットネスジムといったほうがいい。最初は「ダマされたと思って」行ったのだけれど、今でも週2、3回のペースで続いている。映画『アニーホール』の中でウディ・アレンが言っていた「カリフォルニアの光は体に悪い」というセリフを信用していたくらい、いわゆる健康志向には懐疑的だったはずなのに、今となっては40分間マシーンを歩いてうっすら汗をかき、ベルトがブルブル震える機械に身を任せて体をほぐすのがパターン化してしまっている。時間帯は、以前は休日の午後だったが、最近は後の昼飯がおいしいから平日の午前中に行くことが多い。ハマッた理由は、ひとりになれるからだ。体を強制的に運動状態に置くと、日頃クヨクヨ考えている諸問題が、アッサリと自己解決してしまうような気がするのだ。例えば、AとBという選択肢で悩んでいるとする。Aのほうが無難なのだが、実はBのほうが自分の本意だとしよう。日常の中で考えていると、なんとなくAに押し切られるのだが、汗をかいている瞬間には「Bで行け!」という声が聞こえてしまうのである。『長距離ランナーの孤独』という映画を観たことはないけど、マラソンをしている時に似ているのかもしれない。他者とのコミュニケートはもちろんだが、自分とのダイアローグが案外一番難しい。自問自答とはモノローグのはずなのだけれど、汗をかいている肉体との関係はダイアローグ的なのである。つまり、5年前は負荷32kgでいけた腹筋マシーンが、今や23kgがいいとこだということを知るのは、体が実は他者だという感覚に近い。汗をかきつつある肉体と、ストレスを被った精神が会話を交わす時、勝者はどっちなのか。実は、日頃の酒やタバコに悲鳴を上げる肉体の反逆なのかもしれないが、老いても細胞分裂を起こしていることだけは確かだ。

Tuesday, February 3, 2009

ジェンダー

Rimg0082 おととい、野見山さんと飲んでいてジェンダーの話になった。と思ったら、昨日の朝刊「アジア発日本への手紙」に興味深い記事が載っていた。タイ政府は2002年に「ホモセクシュアルは精神疾患ではない」との見解を出していて、官僚や軍、一部の企業を除けば、ゲイには寛容な国といわれている。もちろん、差別がなくなったわけではないようで、ある高校では男女トイレの他にゲイ専用に第三のトイレがあるとのこと。男子からはからかわれるし、女子からは気味悪がられるのが理由ということらしい。また、チェンマイの僧侶を調査したところ二割がゲイだったとのデータもあり、タブー視されていた問題だけに波紋が広がっているとのことだった。今月末、一年ぶりでチェンマイを訪れる身としては、ちょっと気になる話題なのだが、タイでは親孝行のために短期の出家をする男子も多いと聞いている。一人前として認められるための通過儀礼として形骸化しているとすれば、僧侶を特別視するのも変な話だろう。ところが、今朝の朝刊でアイスランドに新しい女性首相が誕生し、彼女がレズビアンであることを公言しているという話題が載っていてビックリした。アイスランドと言えば、一時マイケル・ヤングが住んでいたり、ビヨークやMUMなどを生み出した国で、一度は行ってみたいリベラルな可能性に溢れた場所だと思っていたからなんだか嬉しくなってしまった。