Thursday, November 1, 2012

里帰りしたヒッピー。

先日のトークショーで、プチグラの伊藤高さんが見せてくれた映像は、ムーミン生みの親トーベ・ヤンソンの暮らしを記録した8ミリだった。当時ヒットしていたS.マッケンジーの『花のサンフランシスコ』に合わせて、ひとりダンスをするトーベは、スウェーデン人らしいシルバーブロンドのボブカットがお似合いで、明らかに年齢不詳。まるで彼女自身が”トロール(妖精)”のような存在。彼女のパンクめかした独特の動きが、僕にはまるで「里帰りしたヒッピー」みたいに見える。
 日本を始め世界中が受け入れた「ムーミン」の物語は、ヘルシンキ湾に浮かぶ、周囲歩いて8分というこの極小の島に建てたサマーハウスで、ひとり静かに書かれたものだとされていた。しかし、このフィルムにはもう一人別の女性が顔を出している。アーティストである同性の恋人とふたりで創作に打ち込みながら平和な夏を過ごすというのが、トーベの現実のスタイルだったようだ。思えば20世紀半ばに「北欧」がアメリカで話題になったのは家具、インテリアだけではなかった。たとえば「フリーセックス」。今となっては、それが男女差別反対の意思表示であったことに思い当たるが、当時の「常識」からは好奇の目で見られても仕方がなかった。トーベ本人は特に隠す様子はなかったらしいのだが、著作が「子供向け」であるということもあっての「メディア自主規制」だったのだろう。そんな難しいことを考えていたら、脇からノミさんの「やっぱり彼女の古い絵はサイケデリックですよね」という言葉が聞こえてきて、確かにソーダと思った。