Tuesday, July 2, 2013

強論に負けそうな自分への叱咤。


1970年代のはじめには、サンフランシスコを離れたヒッピーたちが、ポートランドに流れ着いた。その寸前、1969年8月には、ニューヨーク近郊、ウッドストックにあるマックス・ヤスガー所有の牧場内で、(当初の予想1万人をはるかに超える) 40万人以上の(自称&他称)ヒッピー達がロックコンサートに集まっている。ポートランドに流れ着いたのは、ヒッピーというレッテルに嫌気が差した人達 だったのだろうか。
 移民やその子孫で成り立っているアメリカだから、伝統指向やアイデンティティが希薄なのは仕方がない。かといって、それぞれが勝手に自分の原理でやるかと思うと、案外そうでもないらしい。実は「互いに他人がどうするかを見ながら、それを基準にする社会」だとKさんは言う。だからこそ、「アメリ カでは大衆社会、消費社会が最も早く、抵抗なく実現された」とも。
 ところで、ウッドストックに出演したザ・バンドの演奏はまるで受けなかった。かれらの音楽はラブやピースを声高に歌うどころか、南北戦争や大恐慌時代を連想させるクライ曲で、フラワーなヒッピーたちのお祭りに水をさした格好だった。
 その当時ボクは、新宿駅東口で学生やフーテンが渾然一体となった騒ぎを横目に、下宿に引きこもり、ヘッドフォンでザ・バンドの『ザ・ウェイト』を繰り返し聴 きながら、下手な歌詞を考えていた。気分だけはいっぱしのヒッピーだったが、音楽や映画に自分の想像を加えただけのもの。ベトナム戦争には反対だったけ ど、ベ平連のデモには参加しなかった。野音のロックコンサートへは行ったけれど、お目当ては女の子だった。つまり、「なにか面白いことないか子猫ちゃ ん?」だった。
 ザ・バンドのメンバー5人のうち4人はカナダ人である。アメリカとカナダは言語&文化を共有して今では友好的に見える が、独立直後のアメリカは、カナダの当時の宗主国イギリスと度々深刻な領土問題を起こしている。実は、ポートランドを含むオレゴン州についても双方が領有を主張、アメリカ側のメディアは、当時世界のヘゲモニーを握っていた大国イギリスに対して<戦争やむ無し>と世論を煽っていたことを、最近知った。オッ ト、ここで「領土問題」や「ナショナリズム」が古くて新しい問題であることが言いたいのではなかったが、なにしろ参議院選挙が間近なのである。国家同士が、良き隣人として存在することって、本当に可能なんだろうか、イヤ無理に決まっている、という強論に負けそうな自分への叱咤でもある。写真は、ただ一人のアメリカ人リヴォンだけが後ろを向いているザ・バンドの2ndアルバム・ジャケのアウトテイク写真。意味深。