Friday, November 9, 2007

クリストの術中

新聞の小さな記事で、クリストの講演会があることを知った。パリのポンヌフを布で覆ったり、日本とアメリカで、同時に3100本ものアンブレラを何十キロに渡って延々と設置するという、桁外れに壮大なインスタレーションをやる人である。前から興味を持っていただけに、おせっかいは承知で、数人の友人に声を掛けてみた。
 2時間に及んだトーク・セッションは、予想以上に面白かった。奥さんであり、プロジェクトのパートナーでもあるジャンヌ=クロードのウィットに富んだ話で幕を開ける。「私と彼は同い年、誕生日も一緒で、おまけに生まれた時間もほぼ同じ。もちろん、お父さんとお母さんは別だけど。」と笑わせつつ、クリストと彼女が様々なプランを一緒に実現してきたことを明かす。そしてスライドを使って、過去そして現在進行中のプロジェクトを、データを含めてかなり細かく説明。空前絶後の予算と、膨大な関係各位への果てることのない説明。2人の道はまるで、ロング・アンド・ワインディング・ロードである。そして、その資金は全てクリスト自身の計画段階での構想図を、作品として美術館やアート・ディーラー、コレクターなどに売ることによりまかなっているという。「いくらくらいで売るんですか?」との会場からの質問に、「それはマーケットが決めること、資本主義ではね。」とかわす。
 
 ブルガリア生まれのクリストとパリ生まれのジャンヌ=クロードという二人が、拠点に選んだのはNY。世間を驚かすような作品は、耳目を集めると同時に、賛否両論の部分もあるらしい。大変なお金と膨大な時間を費やして作ったあげく、長くても2週間くらいで消えてしまう「人騒がせな自己表現」と映ってしまうのだろう。
 
Christo2 終了後に買ったパンフレットには、1964年にNYのチェルシー・ホテルのベッド・ルームで撮られた二人のモノクロのポートレイトが載っている。まるで、ヌーヴェル・ヴァーグのワンシーンのようだ。いや待てよ、僕には、むしろジョンとヨーコの”ベッド・イン”に通じるものかも。二人が、 「戦争は終る!あなたが望むなら」と書かれた巨大なポスターを世界の11都市に揚げた時、世界的なロック・スターが、女性アーティストと一緒に行ったお遊びだと決めつけたのはジャーナリズムだけではなかった。僕を含む多くのファンでさえも、内心「ベトナム戦争反対もいいけど、ビートルズ、ちゃんとやってくれよ」と思ったものだ。もちろん、クリストは政治にコミットする直接的表現をするほどナイーブではない。

 
Christo1 彼は布を「柔らかな障害」だと説明する。それを使って、例えばベルリンにある民主主義のシンボル的建物「ライヒスターク」を包んだ時、訪れた人々は普段なら絶対に触れようとはしない建造物に、つい触れようとしたらしい。誰しも、一見不自然なものへの好奇心がある。それが布という昔から存在するもろくて、あやうい素材に包まれていたら不思議と参加したくなるのだろうか。
 
 クリストとジャンヌ=クロードは、何事につけても一緒である。ただひとつ、飛行機だけはかならず別々の便を使うという。たとえ待ち時間が4,5時間であっても、それだけは守っているとのこと。一体、なぜなんだろう。事故にあった時のことを考えてのことなんだろうか?やはり、パンフレットにサインをしてもらう際、そのことを聞くべきだったのだろうか?やはり、好奇心からの質問はせずによかったのだろう・・・。イヤハヤ、どうやら、人を巻き込むことが得意な彼らの術中にはまったようだ。