Friday, June 13, 2014

倶利伽羅紋々



国東半島で神仏の気配を感じたあと、別府の鉄輪温泉へ”立ち寄り湯”のために立ち寄ることになった。それも、一緒に行った友人のススメで、名物「蒸し湯」に初トライ。裸になると、差し出された備え付けの猿股を否応なく穿かされた。オバちゃんの指示に従って、背を屈めて低い入口から潜るようにして入ってみると、そこはものすごい熱気のムロみたいな狭い密室だった。床には、なにかの葉っぱが一面に敷かれ、室内には神秘的かつ薬効がありそうな香りが充満している。といいたいところだが、天井は低いし、熱すぎる。オバちゃんは「8分(だったか?ビミョーなタイム)経ったら、開けるけど、我慢できなくなったらいつでもノックしてね気分が悪くなる前に」と言っていたっけ。つまり、中からは開かない扉なのだ。ぼくは、まるで囚われの政治犯が灼熱地獄的拷問を受けているような気分になり、しばらく我慢したあとで、躊躇せずに小さな扉をノックした。オバちゃんが「5分やったねー」と言った。フー、まあまあ頑張ったほうだろう。しかし、事件はこれからだった。
 「さあ、あっちの温泉でゆっくり汗を流してね」、というオバちゃんの声に励まされ、背中にこびりついている”ふやけた葉っぱ”を引っ剥がして 浴室の扉をガラリと開けると、さほど広くない浴場には3人の先客がいた。いずれも二十歳代の若者らしく、一人は浴槽、一人は体を洗い中、残る一人はタイルにあ ぐらをかいて座っている。特筆すべきなのは、三人共に全身に見事な「倶利伽羅紋々」をいただいていることだった。入ったとたんに踵を返すこともならず、ぼ くは素知らぬ顔で(というのも変だが)空いていた洗い場に腰を下ろすしかなかった。
 随分前、これに似た経験をしたのは二日市温泉の公衆浴場だっ た。あいにく広い浴場の洗い場はズラリと先客がいて空いていたのはたったひとつ。しかもその両側には、見事な彫り物を入れたお二人さん。つまり、ぼくはそ の間に「おひかえなさる」しかない。特にイヤだという感じはなかったが、そそくさと体を洗ったのは言うまでもない。熱い湯に浸かったあとの妖しいばかりの 不動明王を間近に拝ませてもらったわけだ。
 今回は、狭い浴室で3対1のガチンコ勝負である。しかし、案外平静でいられたのは、彼らの陽気なおしゃべりのせいだった。湯船の男と、あぐらをかいた男の会話はこんなふうだった。
「ナニセミケツノメシハクエタタモンジャナイッスヨ(なにせ、”未決”の飯は食えたもんじゃないっすよ)」
「コンヤハスシクイテー(今夜は寿司食いてー)」
「オレジューシチノカノジョイルンスヨ。マダヤッテナインスヨ(俺、17歳の彼女いるんすよ。まだヤッてないんすよ)」
「オマエバカジャナイ(翻訳不要)」
どうやら、シャバに帰還してのひとっ風呂のようだ。
  さきに上がった彼らのあと、服に着替えて出てみると、自動販売機の前でジュースを飲んでいるくだんの3人と17歳の彼女がいた。男たちはそれぞれキャップ をかぶったり、ブランドっぽいTシャツ姿。いわゆるストリート系ファッション。街を歩いているいまどきの若者としか見えない。その後、男ふたりとアベック は、たがいに軽く挨拶を交わして全然別の方角へ歩いて去った。案外、かれらは今日はじめて風呂で出会った同士だったのかもしれない。