Friday, November 13, 2009

「何ぞテキトーな牛の絵ありまへんか」

『小早川家の秋』は、小津安二郎の映画の中では最後から数えて2番目の作品になる。様々な事情から、所属していた松竹ではなく、宝塚(東宝)で撮られている。そのためか、いつもとは違った気配がある。まずいつもの東京弁ではなく、関西弁、京都弁というだけで、なんだか勝手が違う。その上に、あの小津独特の抑制された様式美が、松竹以外の俳優の参加で少なからず攪乱されている。なにより中村雁治郎演じる老人の酔狂振りである。しかし、そこは歌舞伎役者、京都の粋を感じさせてくれるから楽しむことが出来る。問題は、映画冒頭と途中にだけ顔を出す森繁久彌のバタ臭い関西人振りである。鉄工所の社長である森繁が原節子演じる画廊勤めの未亡人に、「何ぞテキトーな牛の絵ありまへんか」と露骨に交際を迫るシーン。普段アートなどには無縁な町工場のオッサンのえげつない感じが出ていて、観る度にギョッとしてしまう。隣にいるのが加藤大介という、まるで「社長シリーズ」そのままの構図なのも皮肉だ。小津自身は達者すぎる役者はダメだったようで、ましてアドリブが得意という森繁久彌を自分の映画に出演させることにはかなりの抵抗感があったとのこと。でも、そんなことを承知の上で怪演技を披露するのは森繁ならではパフォーマンスだ。バーのカウンターで、あんなにつまらなさそうにピーナツを口に放り込む仕草は、もう誰にも真似できないだろう。