「ビッグ・マック」が好きだ。といっても、ハンバーガーのことではない。アメリカの通販会社J.C. Pennyのブランド名である。なかでも、シャンブレーのワークシャツには目がない。3枚持っていて、色合い、風合い、襟やボタンの形、胸ポケットのペン差しの形状などが微妙に違う。以前は初夏になるとかならず着ていたが、最近はそうでもなくなった。ただ、古着屋をのぞくと、意識しなくてもシャンブレーのコーナーに目が行く。肩のステッチがトリプルになっているのを見つけると、つい手が伸びてしまうのである。
先日も中心街のビルの中にある古着屋で暇をつぶしていたら、いい感じのビッグ・マックに出会った。いや、正確に言うと再会してしまった。その少し前、やはりその店を冷やかしていて見つけたものである。でも、その時は買わなかった。考えてみると、その店で古着を買うことは余り無い。商品の半分以上が古着っぽく見せたオリジナルだし、必要以上に大きな音でヒップホップがかかっていることもあって、いつも気持ちがそがれてしまう。その時もそうで、それ以来そのシャツのことはすっかり忘れてしまっていた。
そういえば、昔からの古着屋が最近少なくなってきた。一時は古着ブームとかで、大名あたりはもちろん、今泉にもいくつか面白い店があった。その後、「グラムいくら」みたいな売り方の店なんかも現れ、とばっちりを受けた老舗はやってゆけなくなったのだろう。今では、一部のヴィンテージを中心にしたアイテムをそろえた店だけになってしまった。それに、そんな店でもちゃんとしたシャンブレーのシャツを見かけることはあまりないし、あっても案外高い。
残念なことに、再会したビッグ・マックにはラベルが無かった、というか切り取られていた。それもあって、前回買うのを見送ったような気がする。”BIG MAC 100%Cotton JC Penny"という、素っ気ないロゴのラベルも、この実直なシャツの大切な一部分だったからだ。でも、今回は買ってしまった。無情にも¥3990という値札が赤ペンで消され¥2990に値下げされたシャツを、そのままほっておけなかったからだ。かつてあったかもしれないアメリカのプライドみたいなものへのレクイエム、などというのはもちろんオセンチに決まっているけど。
ところで、僕にとってビッグ・マックが一番似合う役者は、アメリカ人ではない。フランスの名優ミッシェル・ピッコリである。ジャック・リベット監督の『美しき諍い女』(*1)の中で、彼はほとんどの場面をこのシャツで通していたと記憶している。人生の午後を迎えた画家は、洗いざらしのシャンブレーを美しい労働着として完璧に着こなしていた。案外、アメリカの良さを理解しているのは、アメリカ人以外のことが多いのかもしれない。
*1 1991年フランス映画。エマニュエル・ベアールのヌードが話題になったが、上映時間4時間にはビックリ。ピッコリの妻役でジェーン・バーキンも出演している。