「霜降り」が好きだ。といっても、牛肉の話ではない。Tシャツやトレーナー、それもアメリカ製の古いものに目がない。あの、グレーと白の糸が微妙にミックスしたテクスチャーに出会うと、つい触手が伸びてしまう。持っているくせに、ちょっとした違いを見つけては、ついまた買ってしまう。
初めてリアルな霜降りのTシャツを見たのは、神宮外苑、国立競技場のそばのマンションにオープンしたばかりの『ハリウッド・ランチマーケット』という店だった。いまでは代官山にあるその店は、そのころ、つまり30年ほど前はマンションの螺旋状の外部階段をトントンと登らないと到達できないという、ちょっと秘密めいた場所だった。おまけに、いつも明け放しのドアの前には大きなラブラドール・リトリバーがいて、そいつをまたいで入らなければならない。インド更紗のカーテンを開けておじゃますると、6畳くらいの部屋いっぱいにプーンとお香の匂いがする。まるで、日本に初めて出現したヒッピーのコロニーのようだった。
そこで目にしたものは、正真正銘のアメリカの古着だった。LevisのGジャン、Leeのホワイト・ジーンズ、タンガリーのワークシャツ、そして様々なロゴが入ったTシャツは、アメリカの映画やTVドラマでしかお目にかかれないとびきりのワークウェアだった。古着独特のクタッとした使用感は、『VAN』や『JUN』を経過し『BIGI』でお洒落に目覚めたばかりの僕をピリピリと刺激した。なによりもセレクトがよかった。ジャック・ニコルソンが着ると似合いそうな、まるでアメリカン・ニュー・シネマっぽい雰囲気がたまらない魅力を放っていた(*1)。
お目当ての霜降りTシャツは、胸にロゴが入っていた。おそらく刑務所のユニフォームだったのだろう。想像していたより濃いグレーだったけれど、一目見て欲しいと思った。でもプライスのほうは僕の想像より高めだった。『増田屋』のざる蕎麦が350円くらいだったとすると、その10倍くらいだったそのTシャツは、当時の僕には高嶺の花だった。
それまで僕が着ていたのは『フクスケ』の肌着だったかもしれない。それは「下着」であり、どちらかというと人に見せたくないものだった。それをTシャツと呼ぶことで、下着はお洒落着へと昇格を果たしたのだろう。もちろん、真っ白のHanesも素敵だけど、グレーの霜降りは別格だった。メーカーや年代によって、同じものがないといっていいほどに濃淡や材質に違いがあることにも気が付いた(オートミールとよばれる優しい色味は特別だった)。で、そんなお気に入りのTシャツを着こなす為の肉体の貧弱さに気が付いた僕は、少しでも筋肉を付けようと、無駄と知りつつ日々筋トレに励むことになったしまった。ワークウェアを着るために、ワークアウト。ところで、「霜降り」って英語ではなんというのだろう。辞書を引いてみたところ、"marbled meat"とあり、やはり、肉がらみ。彼らは「グレイ」としか呼ばないのだろうか。今でも疑問である。
*1 おそらく、映画『カッコーの巣の上で』を見た後だったのだろう。