ナナ・ディッツェルがデザインした杖を買った。以前、コペンハーゲンから1時間くらい離れた小さな町の美術館で見たその杖が忘れられなかった。まさか商品化されているとは思ってもみなかったので、福岡にあるセレクト・ショップで見つけた時はビックリした。すぐ買うべきだと思ったが「使うには、ちょっと早いか」、と考え一度はあきらめた。
大学生だった頃、『音楽専科』という雑誌に、ザ・バンドの記事を寄稿させてもらったことがある。その時雑誌社が準備してくれたメンバーの写真を思い出した。5人が、ベンチに座っているのだが、そのうちの何人かが杖をついている。全員くたびれたスーツに髭づらで、どうみても早すぎたご隠居風情(実際には、みんな30代ソコソコだったはず)で、それがなんだかとても格好良く見えた。もうひとり、思い出したのはドクター・ジョン。『ガンボ』というアルバムのジャケ写で、ドクターことマック・レベナック氏がご大層に杖をついている。その後、小さなライブ・ハウスで彼の流麗なニューオリンズ・ピアノを聴く機会があったが、やはり杖を突くほどの年齢には見えなかった。
どうも、当時の僕には ローセイにあこがれていたフシがある。東京の6畳間借りに身を置いて、遠いアメリカの音楽に焦がれるには若さが邪魔をした。金もなく、恋愛も成就出来ない自分には、厭世した気分が必要だったのだろう。毛薄いくせに、むりやり伸ばした髭はいつまで経っても貧相なままだった。そういえば、同時期に音楽を始めたはちみつぱいの鈴木慶一氏の髭も相当寒かった記憶がある。
そして、気が付けば年月は勝手に流れ、いつまで経っても年相応の分別があるのかないのかすら判然としない状態。ということは、このままの調子でずるずると、しかし確実に「杖を頼りに歩く日」がやってくるわけである。これはいい機会に違いない、と意を決して再度店を訪ねると、幸運にもセール中。ナナの杖も半額になっている。あらためて見ると、2種類の木を積層にした丸い握りの部分がとても美しい。買わずに後悔しないように、まさに「転ばぬ先の杖」、今度はまよわずゲットした。次回の買付ツアーに携えれば、うまく行くと空港で優先搭乗の恩恵にでもあずかるかもしれない。