僕は、けっこう長い間(なんと19年!)、レコード店に勤めていたことがある。メジャーなものから、かなりマニアックなものまで置いていたちょっと変わった店だったと思う。今でも時々、その当時のお客さんが来てくれることがあって、そういう人はやっぱり少しこだわったCDを探していることが多い。でも、今の店で置ける数には限りがあるし、要望に答えているとは言い難い。
で、たまに「誰々、もしくは何々みたいなCDありませんか?」という質問を受けることがある。一見、簡単そうだが、これがなかなか難しい注文なのである。単に声質や演奏スタイルの類似性などで勧めると、たいていの場合失敗する。なぜって、その人が気に入っているアルバムは、とても気に入っているわけで、それと似たものを提案しても、それを越えることはあり得ないからである。
昨日、東京の友人から焼き付けのCDが届いた。白いラベルに手書きでアーティストとアルバム・タイトルが書いてあり、コピーされた曲目リストが同封されているが、その他手紙らしきものはない。いろんなミュージシャンのマネージメントをしていた人で、最近はいろいろあって、ちょっと元気がないことをつい最近再会して知ったばかり。たしかその時「今度、CDでも送るよ」、と言っていたのである。
スタンリー・スミス(1)という、そのアメリカのシンガー&ソングライターの音楽を聞いたのは初めてのはずだった。なのに、この声、ギターは何度も聞いた覚えがある。"Nashville Skyline"のボブ・ディラン, ”The Heart Of Saturday Night"のトム・ウェイツ、あるいはJ.J.ケール?夢中で聴き進むうち、8曲目の口笛が入ったウェスタン・スウィングになって「なんだ、ダン・ヒックスだったんだ」、と一人で納得した。
言うまでもないことだが、このCDが誰かに似ているからという理由だけで好きになったわけではない。ひよっとすると、雑誌で見たり、レコード店で試聴してもつい買いそびれていた一枚かもしれない。多分、友人からの贈り物であるということがあると思う。その人は僕の好きな音楽を、多分、知っていてくれている。そして、僕らがいつのまにか年を取ったことや、かならずしも思い通りにゆかないことなんかがあるってこともわかっている。実際、友人からの情報って、時々グッと来るものがある。
というわけで、このCDは近々ウチの基本在庫に加わる予定だ。そこで、もしお客さんから「誰々が好きなんですが・・・」と聞かれるとして、それは一体誰なんだろう?、と考えてみた。で、思い当たったのはハース・マルティネス。彼を好きな人は、きっとこのアルバムも気に入ってくれそうな気がする。永遠のスモーキー・ヴォイスに乾杯だ。
(1) 1960年代にはパリでの路上ライブ、70年代にはインディアナポリスでカフェ&バーを経営するという放浪のミュージシャン。57才でこのソロ・デビュー作"In The Land Of Dreams"(BUFFALO LBCY-305)を発表。