その夜はコンサートに誘ってくれた娘さんの紹介で、カテリーナから車で30分ほど走ったところにある宿に泊ることになっていた。夕暮れ迫るなかを、GPS を頼りに、アップダウンを繰り返しながら人里離れた山間に分け入ってゆきながら、この辺りを含めた国東半島が、古くから仏教文化の盛んな土地だったことを 想像する。なんでも、その宿は富貴寺という有名な寺のすぐ近くにあるらしい。明日が楽しみだ。
一夜明けてみると、あいにくの雨だった。といっても、土砂降りというわけではないし、案内板で確かめると、富貴寺はこの宿のすぐとなりである。宿で借りた傘をさし、うっそうとした竹林の坂道を抜けると、ほどなく「蕗の大堂」と呼ばれる阿弥陀堂が視界に入ってきた。大堂とはいっても、見たところ幅、奥行きは6メートルほどだろうか。その上に、素晴らしい曲線を描く瓦屋根が載っている。一目見た途端に「美しい」と直感できるサイズといえばいいのか。これまで、寺にしろ神社にしろ、国宝だなんだと言われても、さして感動したことはないのだけれど、この堂の”たたずまい”は文句なしだ。普段は開いているという扉は、雨のためか閉まっていた。中には平安時代の本尊や壁画があって、もちろん見たいには見たかったが、しっとりと濡れた緑の木立に守られるようにポツンと孤立した堂を見ただけで、なんだかすっかり満足してしまった。