ポートランドで泊まったホテルは、ダウンタウンの南、州立大学が点在する地区にあった。着いた翌日、そこから歩いてMAXと呼ばれる市内をほとんどカヴァーするトラムの停留所へ向かう途中に、本の背表紙を模した大きな壁が目に入った。そこには、カート・ヴォネガットやレイモンド・カーヴァーなど、とてもアメリカ的な作家の名前に混じってマルセル・デュシャンもあった。カーヴァーはいくつか読んだかもしれないが、あまり記憶が無い。ヴォネガットは30代だったか、夢中になって読んだし、なかでもそこにもあった『スローターハウス5』は大好きな作品で、ジョージ・ロイ・ヒル監督の映画もなかなか変で良かった。時空を超える主人公の話は、奇想天外だが、死がありふれた事であり、アメリカ合衆国が多くの小国に分裂した未来を描いていた。そういえば、第二次大戦末期、ドイツで起きた「ドレスデンの絨毯爆撃」という事実を知ったのもこの本だった。つまり、僕には冴えた小説だった。一方、フランス生まれのマルセル・デュシャンは、パリの「いかにもアート」な世界に嫌気が差して米国に渡り、便器にサインをして『泉(or噴水)』と名付けた作品でセンセーションを起こした御仁。「レディメイド」と称して、既成のモノを再利用することで「創造性」という、いわば芸術のへその緒を、あっさり切っちゃった人だ。そんなこんなを思ったのは、この一見バカげた壁が、ポートランドにとてもお似合いだったからだ。なにしろ、あちこちで”Keep Portland Weird"というスローガンを目にする街なのだから。