今回のフィンランドの旅の目的のひとつに、アルヴァー・アールトの建築を訪ねることがあった。最初に向かったのは、ヘルシンキから270km、フィンランド中央の湖水地帯にあるユバスキュラという街。アールトは、美しい湖と森林にかこまれ、教育や文化施設が整ったこの街で少年時代を過ごし、ヘルシンキやスウェーデンで建築を学んだ後ここに戻って、建築家としてのキャリアをスタートしている。そのため、街の中や周辺には彼の初期、そして中期の代表作が多いのだ。
まずはアールト美術館、ユバスキュラ教育大学、労働者会館、自警団ビルなどを見学。1920年代の建物は、モダンというよりも新古典主義というのだろうか、イタリアの影響が垣間見えるようでちょっと意外だった。その後、ユバスキュラから30分ほどのセイナッツァロという村にある元役場へたどり着いたのは夜8時過ぎ。もちろん夏の北欧はまだ明るい。1952年に建てられた赤レンガ造りの代表作なのだが、幸運にもゲストルームに宿泊することが出来た。宿直室だったのか、部屋はとても狭いけど、蔦の絡まる窓からは中庭が見える。すべてがアールトの設計なのだ。ふたりで80ユーロなり。
翌日は、役場から5kmの距離にあるムーラツァロという島にアールトが建てた夏の別荘「コエタロ」へ。今回の旅で、一番訪れたかった場所なのだ。一日一回の英語のガイドツアーに参加したのは、色々な国の人達25名ほど。僕らの他に、若い日本人が4人。あたりまえだが、この辺鄙な場所へやって来たアールト大好き達である。理由は様々かもしれないが、ここは「別荘」でもあるが、「実験住宅」であるというところもあるだろう。”モダン建築の巨匠”が、コンペティションや要請によらず建てたプライベートな作品とは、いったいどんなものなのか、そこが一番ポイントなのだから。
おそらくサーミ系かと思われる、エキゾティックな顔立をした女性ガイドのわかりやすい英語の注意事項の説明が終わり、我々はいよいよ公道わきの集合場所から、白樺林の私有地へ一歩足を踏み入れた。そこから10分も歩けばアールトの隠れ家へと到達するというわけだ。ちょっと急な傾斜地には、人ひとりがやっとの「けもの道」が続いている。途中で、白人の男性が小さな発見をする。どうやら下草のなかにブルーベリーを見つけたらしく、口に入れている。見ると、たしかにそこここに紫色の果実があるではないか。自生する森の贈り物は、どんなウエルカム・ドリンクよりも嬉しい。みんなの顔がほころんだことは言うまでもない。ガイドブックに書いてあった言葉を思い浮かべた。
「森は人力などを必要としないが、人間にとって森は不可欠である」。
ブルーベリーのおかげで、疲れ気味だった両の目が、なんだかスッキリした。さあ、しっかり見てやるぞ!