Thursday, August 7, 2008
美術の先生
福岡から高速を使えば、ものの40分で秋月に着くことができる。13世紀の山城の跡が残る小さな城下町は、また清流に恵まれたおいしい葛(くず)の産地としても知られている。版画家である友人のアトリエを訪ねたのは平日でもあり、観光客も少ない。夏の暑い日差しの中で、古い街並みはまるでお昼寝をしているようにシーンとしている。若くしてサンフランシスコやLAに遊び、パリでエッチングを学んだ後、東京で長く活動を続けた彼は、確か2年ほど前に故郷である甘木に戻ったはずだ。祖父母が住んでいた秋月城の長屋門を改装して、この秋にはギャラリーを併設したワイン・セラーをはじめるという。ひとあし先に覗かせてもらうことにしたのだ。古い文化財である建物を改築するのは大変らしく、建築家との駆け引きも一筋縄では行かないらしい。ひとしきり話をした後、すぐ近くにある城跡と掘り割りを見物することにした。こんもりとした木々の向こうに古い黒門が現れる。あたりは蝉しぐれ。坂を登ると開けた城内で、今は小中学校になっている。生徒数も少ない過疎の学校らしく、なつかしさで一杯の風情がある。実は、彼は今年の春からここで臨時に美術の先生をしているのだ。「あそこあたりが美術室です。このまえ、イサム・ノグチのDVDを見せて、生徒に段ボールを赤く塗った箱を作らせたんです。出来上がった箱をあっちの森の中に点々と置いて、これが現代アートだ、って教えたんです」。なんだかうらやましい話だ。彼のように素養があって、おまけにユーモアがある先生だったら、美術の授業もけっして退屈ではないだろう。やっぱり彼は、東京から戻ってきて正解だったのだと思う。