Sunday, November 30, 2008

519

Rimg0213 朝起き抜けに穿くGパンが冷たくなったといっても、毎日ウールのパンツというわけにもゆかない。そうそう、リーヴァイス519のコーデュロイがあった。これなら肌ざわりも冷たくない。一時期、古着屋でサイズが合うやつを見つけると、迷わず買っていた。おかげで、グレイを中心にベージュ系などがかなりの数、さながらグラデーションのように溜まってしまった。実は、夏でもベトベトせずに穿けるので重宝する。たまに517というベル・ボトムを買うこともあったけれど、やはりすっきりしたシルエットの519が圧倒的に好きだった。505というのもあって、古着屋では519と一緒の棚に置いてあったりして、ちょっとまぎらわしい。505は先が少しテーパード気味なのだ。簡単な見分け方は、まず519にはポケットにリヴェットがなく、またコイン・ポケットと呼ばれる三角形の小さな付属物もないことである。シンプルなのだ。Gパンのことを業界では5ポケットと呼ぶらしい。そういえば、リーヴァイスの501など確かに4つの他に小さなコイン・ポケットがあるといえばある。そういう意味では、519は4ポケットということになる。Gパンのなかでは変わり種なのだろう。しかし、コイン・ポケットなるものは今だかつて使ったためしはないような気がする。在ってもなくてもいいのに在ると可愛いのは、いわば「えくぼ」みたいなものなのだろうか。どちらにしても、最近古着屋ではめっきり519を見かけなくなったような気がする。505は多いけれど・・・。考えてみると、Gパンもデニムや5ポケットなどと呼ばれたり、品番で区別したりとずいぶん構造的になったものである。

Saturday, November 29, 2008

ボヘミアン風フェルト帽

Rimg0650 こう寒いと、僕のような坊主頭の人間は帽子が欲しくなる。でもこの冬は大丈夫、中国に行った若い友人が一風変わったフェルト帽をおみやげにくれたからだ。彼が行ったのは酒で有名な紹興というところだ。その前は確かフランスはアルザス地方のワイン農家に行っていたはず。といっても酒が目的ではなく、古い建物の研究の為である。彼は大学院で建築を学んでいる学生なのだ。その帽子をいただいたのは夏の盛りだった。一見チロリアン・ハットみたいだが、かぶってみるともっとインパクトがあっておもしろい。以前、紹興の農民や船頭などの労働者は皆この帽子をかぶっていたらしい。また、魯迅の小説「阿Q正伝」にも登場したということだが、そのいわれがふるっている。昔々、猟師たちが手負いの大虎を穴まで追い込んだ。見ると、その虎はすでに死んでいて、下にひつじや猪の毛が絡まり合って出来たつやつやした毛氈(もうせん)のようなものが敷いてあった。しかも、虎が長いこと寝ていたために鍋底の形をしていた。猟師達は面白がり、持ち帰って帽子にしてかぶってみた、ということなのである。ま、話の真偽はともかく、気に入った僕は店で取り扱いたくなり、秋にもう一度紹興へ行くという彼に「10個ほど買ってきて」と、お願いしたのである。今の中国ではかぶる人もほとんど無くなった無骨な帽子だが、端の曲げ方ひとつで浅くも深くもお好み次第。なによりもこんなボヘミアン風なフェルト帽なら、どんな北風も平気だろう。
フェルト帽¥3675

Thursday, November 27, 2008

男っぽい

Fran-1 寒くなってくると、ワッフルやフリース、ダウンベストが出番を待っている。でも、上半身は万全に準備できても、下半身の選択肢は意外に少ない。Gパンは寒い朝一番に足を通す時ヒヤリと冷たいからと、久しぶりにウールのパンツを引っ張り出した。グレイのフランネルだ。昔、母はフラノと言っていた。そういえば、コーデュロイはコール天だった。米軍が払い下げた作業ズボン(今で言うチノパン)をはいて帰ると「そんな菜っ葉(?)ズボンはいて」、と注意された。そんな時代のフラノはハイカラなよそ行き用だった。VANやJUNのショップでも、ついフラノ素材のブレザーに目がいった。でも、いざ着るとなんだかモコモコしていて、僕には似合っているようには見えなかった。多分、ちょっと厚手だったのだろう、あまり着る機会はなかったような気がする。その後、初めてのパリ旅行の際、友人から「グレイ・フランネル」というオード・トワレをおみやげに頼まれた。彼がフランスで仕事をしていた時気に入って使っていたものの、日本に帰ってみるとまだ輸入されていなかったのだ。ギャラリー・ラファイエットでようやく手に入れたボトルはその名の通り小さな灰色の袋に入っていて、とてもお洒落に見えた。少しだけ手首に試すと、それまで知っていた柑橘系とは違った男臭い香りだった。先日、その友人と久しぶりに会ってメシを食べた。酒も回って世相の話になり、例の防衛省幹部の「中国侵略否定説」の話になった。すると、その友人は「侵略は否定しないけど、あの当時の日本は欧米の帝国主義に追いつこうとしたわけで、別に悪いとは思わない」と言った。僕は、「もはや終わりかけていた帝国主義を追っかけた日本の先見性のなさ」みたいな論をぶちあげた。もちろん彼は、もうグレイ・フランネルを付けてはいなかったが、やはり男っぽいことには変わりがないようだった。持つべきは、他者的友人だ。