初めてビートルズを聞いたのは、家族でドライブしていた時だった。ラーメンでも食べようと父が言い出し、峠のドライブインに立ち寄った時、店内のラジオから流れていた「プリーズ・プリーズ・ミー」に出くわした。その時の印象を一言でいえば、とても奇妙な音楽という感じだった。僕は海外ポップスが好きな中学生だったけど、ニール・セダカやパット・ブーンなどのクルーナー系とは明らかに違う不思議なコーラス・ワークや、性急なリズムのドラムやギターに面食らってしまった。なんだか、聞いてはいけないものを聞いたような、胸騒ぎめいた心持ちがした。とにかく、父や母と一緒にひなびたドライブ・インで聞くにはちょっと不向きな音楽だった。
最近ビートルズの写真集とDVD5本セットのアンソロジーを購入した。リンゴ・スターみたいにドラムが叩きたくてドラマーのはしくれになり、ジョン・レノンそっくりの丸メガネを掛け、70年代の新宿武蔵野館で「レット・イット・ビー」を見たのを最後にビートルズを卒業していたと思いこんでいた。ところが、最近新しいといわれるいろいろな音楽を聞くにつけ、どこかにビートルズの影響を発見してしまう。いったい彼らのどこに惹かれていたのだろう。
イギリスの日刊紙デイリー・メールのカメラマンが撮った写真をコンパイルした"Images Of The Beatles "には、当時日本の音楽誌や週刊誌で見かけたショットがたくさん載っている。とてもなつかしいけど、モノクロに定着した4人の姿はいかにもな過去である。一方、アンソロジーDVDは膨大なデータを使い再編集、リ・ミックス、生前のジョージを含めた3人のインタヴィューも豊富で文句なしに楽しめる。全部見るのに12時間ほどかかるところ、僕は2日間で見てしまった。音楽はもちろん、ファション、発言、すべて現状に対する実験と挑戦だったことにいまさらのように驚いた。4人が発見し、表現し、新たなステップへ進むスピードの速さはまるで奇跡を見ているようでもある。しかも、世界中が彼らにノボセていたとき、冷静だったのは当の4人だけだったとは。「静かなビートル」とマスコミに呼ばれたジョージ・ハリソンの歯に衣を着せぬ発言も意外な発見だった。
実は、DVDを見ている間にかなりの頻度でグッと来てしまい、思わずにじむ涙を奥さんに見つからないようにするのに苦労してしまった。もちろん、彼女もビートルズは嫌いではないはずだけれど、やはり一人で、しかも画面の前1メートルのカブリツキで見続けていたかったのだ。中間試験の前日にもかかわらず、多分29回目の映画「ハード・デイズ・ナイト」を観るために場末の3番館に駆けつけた時から確実に40年以上が経つというのに、僕はまだ4人にノボセることが出来る。別に自慢出来ることではないけれど。